やったね、風が強いよ♪

 小さい頃から風の強い日がとても好きである。

 あれは幼稚園の頃だった。その日も風の強い日だった。……僕だけだったのかなあ、山に見えていたのは。

 僕の家は駅から歩いて1分程度の道路に面したレンガで飾られた、箱と呼んだ方が相応しいような3階建て。幼稚園児の僕にとっては屋上を見上げると首が痛い。その家の表情は穏やかさと無機質な冷たさが同居していた。家とはいつも軟式野球ボールを使ってキャッチボールをして楽しく遊んでたな。たまに悪送球で僕を悩ましてくれたけど。そして、親に叱られ家を泣きながら出された時は、その形のせいもあってか、また、僕が小さかったせいなのか、僕の前に立ちはだかり一緒になって怖い顔をみせていた。あちこち叩いたり、蹴ったりしたものの言葉のキャッチボールはしてくれなかった。

 そんな僕の家の1階はテレビと僕が主役のリビングと片手で数えられそうなぐらいの従業員がいる会社は一枚の扉によって隔たれていた。いつものように会社からは、様々な商品を食べたたくさんの段ボール箱が家の前へ運び出される。このときを待ってたんだよ。段ボール箱は何回も積み重ねられ、また広がりを持ち大きくなる。そして、最後の段ボール箱が運び込まれる。きたっ!この瞬間段ボール箱の面影は消えた。今日はいつもより大きいな。

 さっきまで平地だった家の前に姿を現してくれたのは、もちろんそれは僕のため。不細工なかたまりに僕は足元を確かめながら登り始めた。そして簡単に頂上へたどり着いた。そこでは決まって横になる。うわぁあ、眩しいー!快晴だった。家も太陽に照らされ、光りながら笑っていた。おまけに今日は風がとても強い。気持ちいい。そこではいつも以上に風と触れ合うことができる。触覚が体中から生えるように、そこで感じられるものすべてを敏感に受け取っていた。目を閉じながら何回も思った。何なんだろうこの感じは?…でも別に何でもいいや。目を閉じじっと体を動かす事なく遊んでいた。

 「荷物持ってくよ。」

 ……。それは、何の前触れもなく突然やって来る。もっとこのままでいたかったのに。目を開けるとトラッックの兄ちゃんが、僕を覗き込みながら立っていた。僕は渋々下山する。少し離れたとこでは、トラックが大きな口を開け待ち構えている。兄ちゃんの手によって、山は次々と切り取られ姿をコロコロ変えていた。しばらくすると、さっきまで家の前にそびえ立っていた山は、暗いトラックの中で寂しそうにころがっていた。ブロロロロロ〜。トラックが雄叫びを上げる。そのまま黒い息を吐き出しながら、走り去って行った。僕は家と顔を見合わせた。お互い何も言葉を交わすことはなかった。そして、家の中からお決まりのボールをもって来るとすぐさまキャッチボールを始めた。

 それが許されるのはトラックが迎えに来るまでのつかの間の間。

 アスファルトの地面と頂上との差、それは今思うと僅かなものだったのかもしれない。だが間違いなくそこは、特別な空気に包まれた別世界だったのだ。そして、それは貴重な時間だった。